モラハラ萌えを自覚せよ

 

 モラハラ野郎というのは現実世界では避けられ忌み嫌われるものです。

 恋人を威圧したり振り回したり場合によっては暴力をふるったりして支配する。そんな面倒な人と一緒にいたくないですよね。

 でも最近の少女漫画のヒーローには結構これに近いタイプの人がいたりします。ヤンデレツンデレがあまりにいるので却って爽やか正統派の風早くんが新鮮に映ったほどでした。

 それ自体は全然問題ないです。なにせ漫画は創作物です。創作物の中の刺激的なヒーローに憧れたり、束縛するほどヒロインのことが好きって描写に萌えたり、好きな子に意地悪しちゃう不器用なところを可愛いと思ったりするのは普通のこと。

 ただ、こういう欠点にケリをつけない作品が多いのが気になります。大半の女子は「漫画だとかっこいいけどつきあうならちゃんと優しくて大人な人がいいよね」と無意識に区別をつけられますが、中には「こんなかっこいい人とつきあいたい」と素直に受け止めて、ヤベーモラハラ男にひっかかっても「でも彼には私がいないと」「愛されてるから叱ってくれるんだ」「そっけないのは不器用だから」となっちゃう子もいるのです。これは良くない。

 

 これは、ただ勘違いする子の頭が悪いだけ、とも言い切れないところがあると思います。

 漫画においてはドラマを盛り上げるために登場人物の性格に癖がある方が便利であり、ヒーローはなんだかんだで読者にかっこいいと思われなくてはいけないので完全悪役にはできず、なおかつ基本的に少女漫画はハッピーエンドを目指しているため、ヒーローの粗(モラハラ部分)はなぁなぁで許されがちなのです。

 例えば『暗い過去があって』『好きな子に素直になれなくて』『愛情が高じるあまり』ヤバい行動に出てたんだよ、という説明づけがされ、ヒロインの態度が軟化する。

 私、この流れは読者を混乱させて良くないと思うんです。

 だからって描くなというわけではもちろんなく、むしろ、もっとレベルを進めて欲しい。つまりモラハラ萌えを描いて欲しい。

 通常、『ヒロインに暴言を浴びせる』は欠点として、『本当はヒロインのことが好きだけど素直になれない』は萌えポイントとして提示されます。

 でも実は『ヒロインに暴言を浴びせる』も萌えポイントなんです。そういうヤベー人に萌える性癖というのはあるのだ。マジでろくでもないクズがろくでもないことしてるのが見たいという人は一定数います。

 私はそういうの、はっきり明示して描いて欲しいです。

 そうすれば読者は「あぁ私こういうヤベー人に萌えるんだな」とモラハラ萌えを自覚し、意識的に創作物でモラハラ萌えを摂取することにより、現実世界では理性的な恋人選びができることでしょう。

 

 私がこの『モラハラ萌えを自覚し意識的に摂取してる人』を初めて認識して衝撃を受けたのがおそ松さんの二次創作で、好きなキャラ×自分(あるいはモブ子)の夢やBL二次創作をやってる方々の中に一際異彩を放つモラハラ萌え層がいたのです。

 ていうか私が観測した限りでは松の夢やってる人ほとんどモラハラ萌えかクズ萌えな気がする……同棲DV妄想とかヒモ妄想とかを頻繁に見かける凄い界隈だった……。

 松って最初から六つ子がクズ設定なので、クズい二次創作やってもあまり「キャラ改変地雷です」みたいな批判受けないというか、そう言われても「いやクズでしょ」と言い返せるところが大変ありがたい作品なんですね。

 しかも美形じゃないから『ヤベーことするかっこいい人萌え』でもなく、純粋にクズい部分を凝縮して萌えることが可能。素晴らしい。

 しかしモラハラ萌え・クズ萌えというのはオタク世界でもそんなに浸透していないので理不尽な嘲笑を受けやすいのが難点です。

 松一期のころ、「知り合いの女がおそ松好きっていうから合コンでニート紹介したら文句言われたわw」という旨のツイートがバズったのを見たことがあります。そりゃそうだろよとしか言いようがない案件ですが(なんで創作上の好きキャラを現実にあてはめてるの?)、何故か文句を言った彼女が愚かであるかのような受け取り方をする人が多くて辟易したものでした。

 ヤベー奴が好きという嗜好とヤベー奴に近づいてはいけないという理性は同居しうるのです。

 モラハラ萌えを自覚している人ほど、その辺きっちり分けています。自分を滅ぼしかねない相手とは距離を置くべきだとわかっています。そして創作物で思い切り楽しみます。

 BL二次創作の場合は夢とはちょっと趣が違っていて(平行して描く人もいますが)、モラハラ野郎萌え(攻め)とモラハラされてる人可愛い萌え(受け)を同時に摂取できるお得なジャンルです。BLは元々人の駄目なところを愛す傾向があるので(商業BL主要人物の駄目人間率めっちゃ高い)、モラハラ萌えとも非常に相性がいいのです。

 松同人出身の漫画家さん何人かいらっしゃいますけど、皆さんやはり魅力的なモラハラ野郎を描くのがとてもお上手です(『凪のお暇』『潜熱』)。そして読者に対して『モラハラ野郎とつきあうととんでもないことになるぞ』というメッセージをわかりやすく出してくださっているのがさすが。正しいハッピーエンドを目指す一般向け作品なら、モラハラ野郎のモラハラ部分はちゃんと悪いところとしてケリをつけるべきではないでしょうか。

 二次創作は基本同好の士しか見ないので性癖に素直な地獄ENDでも大丈夫と思いますが、小中高生が読む漫画とかはもうちょっとその辺気をつけて欲しいなぁという気持ちです。

 具体的には『こいつろくでもないけど、ろくでもないってことを作者はわかってるし読者もわかっててね』というメッセージが欲しい。

 

 その点、映画化した『ういらぶ。』はかなりまずい方向性なのではないかと思いました。

 先日ツイッターで「『ういらぶ』はDVっぽくて受け入れられない。平野紫耀の顔面を持ってしても無理」という意見を見かけまして、それはよっぽどだなと調べてみたら、お手本のような『威圧・罵倒・たまに優しくなる・周囲から隔離し洗脳・試し行動による支配の強化』の流れにいっそ感心してしまいました。

 ヒロインは美少女なのに昔から幼馴染のヒーローに「お前ってマジゴミクズ」「お前類稀なダメ人間だな」「俺ぐらいしか相手にしない」と洗脳されてきたせいで超絶ネガティブになってしまい、こんな駄目な自分と仲良くしてくれるヒーローくん優しい……!と恋心を抱くという凄まじい闇設定。

 周囲のまっとうな友人たちが「それイジメだろ」「もっと優しくしてやれよ」とヒーローを諭すものの、「好き過ぎて素直になれない」と言ってあくまでヒロインを囲おうとするヒーロー。しかも自分がヒロインを病ませることによりヒロインを一人占めできるという思惑があり、つまりは意識して彼女の自尊心をバッキバキにへし折っているわけです。悪魔か?

 たまに可愛いなどと言われようものならヒロインは滅茶苦茶感激するのですが、こっちは「良かったね」どころか「早く逃げて!」の心境に。しかしヒロインは自分がヒーローにされていることをよくわかっておらず、ずっと「一見厳しいけど本当は優しい人」と思って慕っており、ヒーローのすることをなんでも受け入れるので彼のイジメは特に報いを受けません。

 そして読者にもヒーローを『モテ男なのに好きな子をいじめちゃう不器用なイケメン』と思わせる描写がふんだんに散りばめられています。例えば、ヒロインを罵倒したあと、陰で「なんで素直になれないんだ、俺」と後悔するなど。ただこの後悔は、『ヒロインとより親密になれない対応をした』ことへの後悔であって、『ヒロインを傷つけ卑屈にさせた』ことへの後悔ではないのです。

 これらがふわふわキラキラ絵柄で繰り広げられ、どこかでヒーローが改心するのかと思いきや最後まで「お前は俺だけ見てろ」のスタンス。二人は結婚してハッピーエンド。ハッピー……? メリバではなく……?

 もうここまできたら『素直になれないドS男子』じゃなくて『束縛モラハラ野郎』として出して欲しい。モラハラ男と可哀想な被害者カプとして萌えさせてくれ。若いお嬢さんにあれを『ちょっと変わってるけど幸せな恋愛』として刷り込まないで……。副題の「初々しい恋のおはなし」がホラーでしかないんですけど……。

 

 

 ということで、ネットの片隅ながらここに【二次元モラハラ萌えのすすめ】を提唱します。

 

1.『○○(いじめる、罵倒する、殴る、見下す)だけど●●(優しい、私のこと考えてくれる、守ってくれる)なところもある』、をセットにしない。○○のみで萌えるのがモラハラ萌え。

2,『○○だけど●●なところもある』という作品の場合○○をなぁなぁにせず、悪いということを明確にする(明確にしたうえで改善されなければモラハラ萌え、改善されればモラハラ萌えではない)。

3.モラハラ萌えは二次元に限る。

 

 いかがでしょうか?

 駄目なことは駄目なこととして萌えていいんです。でも無理矢理ハッピーに捻じ曲げるのだけは止めようね! それは破滅への第一歩だ!

 

 そして世の創作者様方はどうかモラハラDVを美化するのをお止めください。モラハラDVと向き合い乗り越えENDでもモラハラDVと心中するメリバENDでもモラハラDVから逃れられないバッドENDでも、モラハラDV自体を肯定してないならいいと思いますが、なぁなぁで許されるのはまずいです。

 しょっちゅうヒロインをナイフで刺してくるヒーローが「あいつのこと好き過ぎて内臓まで全部見たいんだ!」とか言ってるヤベー奴なのに最終的に『二人の愛は永遠に~ほのぼの幸せEND~』になったら怖いでしょ……。作中のキャラ(創作物)が邪悪なのはいいとして、それを良しとする作者(現実)の倫理観が怖いのはまずいですよ。

 

 以上、創作上のモラハラ野郎についての一意見でした。創作をしている方々にはご一考いただけると嬉しいです。